GWに都内を歩く
 

浅草寺、新東京駅、新歌舞伎座、皇居 

推古天皇の頃、今の隅田川に投網漁をしていた漁師の檜前浜成、竹成兄弟の網に一体の仏像がかかりました。それを豪族の土師真中知は、尊い観音像であることを知り、深く帰依して自宅を寺とし、その観音像を奉安し、礼拝供養に勤めました。これが浅草寺のはじまりです。大化元年、勝海上人がこの地に留まり観音堂を建立、また夢告によりご本尊は秘仏と定められ武蔵国の観音信仰の中心地となりました。現在の本堂再建工事にあたって出土した数々の遺物から、金龍山浅草寺は少なくとも平安期には大寺の伽藍をここ武蔵野の一漁村に構えていたことが判りました。平安期はじめ、慈覚大師の巡拝により伽藍の整備が行われ、その後一層信者の層も厚くなりました。以来、慈覚大師を中興開山と呼んでおります。
 鎌倉期以降になると将軍自ら帰依するに及び、名将たちの篤い信仰を集めていよいよ観音霊場として知られるようになりました。
 江戸時代、天海僧正(上野東叡山寛永寺の開創)の進言もあって、徳川幕府の祈願所と定められ、いわゆる江戸の信仰と文化の中心として庶民の間に親しまれ、以後の隆盛をみるようになったのです。今日、東京(江戸)の発展は江戸城構築からの徳川幕府にはじまると思われがちですが、こうして浅草というところは古くから宗教的にも文化的にも江戸の拠点であった訳です。江戸が東京にかわったときでも、文明開化の先駆的な役割を果たし、庶民の信仰と文化の一大中心地として機能してきたことも当然といえるのです。

国の重要文化財である東京駅丸の内駅舎。約5年にわたる保存・復原工事を経て、
ドーム型屋根を備えた「赤レンガ駅舎」が美しい、創建当時の姿へとよみがえりました。
駅舎を眺めながらお食事やお茶を楽しめるテラスやレストラン、絶好のフォトロケーション・・・。
平成のニュー銀ブラを楽しむ事ができるかも・・


建て替え工事を終え、2日に新開場した歌舞伎座(東京・銀座)。そのこけら落とし興行は“歌舞伎の殿堂”にふさわしい、当代最高の顔合わせで、日本の宝物のような名作が上演されている。
第1部の幕開きの舞台は「鶴寿千歳」。鶴は1千年の齢を保つとの伝説にちなむ舞踊で、坂田藤十郎(81)の鶴が、平成生まれを中心とした若手らがにぎやかに舞う中に登場し、長寿を寿(ことほぐ)ぐ。
東京・銀座周辺の守り神、鉄砲洲(てっぽうず)稲荷神社(東京都中央区)の例大祭のハイライト「御本社神輿渡御があり、法被姿の氏子たちが、4月に新開場した歌舞伎座をバックに威勢よく、みこしをかついで練り歩いた。大型連休後半の初日とあって、銀座は普段の休日以上のにぎわい。氏子たちは大きな掛け声を上げながら、きらびやかなみこしを勇壮にかつぎ、拍手で応える沿道の見物客と一緒に祭りを盛り上げた。

        

 
 

 
               
 
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