京都金閣寺と嵯峨野大河内山荘を探索


北山と号する臨済宗相国寺派の別格本山で、足利義満が応永4年(1397)に営んだ山荘・北山殿を、その死後、禅寺に改め、義満の法号をとって鹿苑寺と名付けたものである。  金閣(舎利殿)は、宝形造り(ほうぎょうづくり)こけら葺きの山荘楼閣で、初層は藤原時代の寝殿造り風、第二層は鎌倉時代武家造りの仏間風、第三層は禅宗仏殿風の様式をとり、二層、三層とも漆塗の上に金箔を押してある。昭和25年(1950)に焼失し、昭和30年(1955)に再建され、さらに昭和62年(1987)に金箔張替修理が行なわれた。  壮大な池泉回遊式庭園は、特別名勝に指定され、池の北方には、萩の違い棚と南天床柱で名高い茶室・夕佳亭(せっかてい)がある。

横置き型スライドショー


大河内山荘は、往年の時代劇スターであり、丹下左膳などの作品で知られた名優、
大河内傳次郎氏が自身の私財を投じ、およそ30年もの歳月をかけて造った別荘です。嵐山、渡月橋のある付近から、嵯峨小倉山方向へ約20分ほど散策すれば、6,000坪にもおよぶ庭園を誇る大河内山荘(おおこうちさんそう)を訪れる事ができます。大河内傳次郎氏は昭和9年、34歳の頃からこの庭園作りに着手し、30年間にわたって、自らの私財でこの美しい回遊式の庭園を造り上げました。庭園造りに注がれた情熱は、今も褪せる事無く、訪れる人々を感動させています。嵐山から嵯峨の竹林を登り進んだ中にある大河内山荘では、自然と調和する華麗な日本庭園、そして山々の裾野に広がる鮮やかな紅葉、さらにその向こうにある、京都の街の様子を遠望する事ができます。大河内山荘の広大な敷地に咲く四季折々の花々、草木をじっくりと眺めれば、日常の出来事を忘れ、ゆっくりとした時の流れ、空気を肌で感じる事ができます。また山荘内の休憩所で頂く抹茶と茶菓子は、旅の喜び、そして清涼感を与えてくれます。大河内傳次郎氏が、自らの情熱を注ぎ続けた大河内山荘は、彼の死後も妻をはじめとした遺族たちの手によって守られています。

                 
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